REIICHIRO featuring SHERPA
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前記

大学のサークルの夏合宿が四国なのをいいことにバイクで四国一周を悪巧みした川崎シュピーラ・加藤礼一郎のツーリング記(9月8日〜9月14日)である。


8月29日
四国一周用にシェルパの改造&メンテをした。 改造はリアキャリア取り付け&ヘッドライトスイッチ取り付け&ナンバーフレーム取り付け。 メンテはショップに500km点検に出し、自分でオイル交換&エアチェックをした。

9月2日
シェルパに荷物を積み、いよいよ四国へ出発。 川崎港から高知新港までフェリーなのでかなり楽チンな旅である。 川崎港に着き、待合所で待機することに。 自分以外にもバイク乗りがたくさんいた。
しばらくするとアナウンスで「台風16号の影響で着岸が遅れます」とのこと。 仕方ないので待合室で晩飯を済ませることにした。 船が2時間遅れで着き、バイクと共に船へ乗りこむ。 そのとき、なんとKSR−U(KAWASKIの80ccの小さめのオフロードバイク)に乗った美人のお姉さんがいたのだ。 「まさか、このきれいなお姉さんも四国ツーリングへ!?しかもKSRで!?」と、驚き、感心しながら自分の二等寝室へ向かった。 しばらく船内を探検して、すぐに眠りについた。

9月3日
10時くらいに起床し、また船内を探検していた。船内が飽きたので、デッキに出て海を眺めていた。 潮風がすごく強かった・・・ 夕刻に高知新港に着き、バイクの固定ロープをはずし、シェルパ「着いたぞ、相棒」と、声をかけエンジンをかけた。 船から元気よく駆け出す。とりあえず「四国だぁ〜!!」と心の中で叫んでおいた。 そして予約していたビジネスホテルに向かった。

ホテルに着き、晩飯を食べに再びバイクで高知の街を走る。
「四国へ来たらうどんじゃぁ〜!!」と、叫んで、うどん屋を探した。 無事うどんを食べて、コンビニで夜食をたくさん買い込んでホテルに戻った。

9月4日
この日は完全フリーだったので、ノープランツーリングを敢行した。 天気が崩れるとの予報だったが、普段の行いの良さを信じて出発することに。 ぶらぶら走っていると、土佐さめうらの道の駅があった。 そこで休憩したのち、近いという理由だけで早明浦ダムへ向かった。 そこのダムに着くと、一人のおじさんがダムを見て黄昏れていた。

「あんちゃんはどこから来たの?」
「川崎です。」
「川崎って神戸の方の川崎か?」
「(シェルパの生まれ故郷はそうだけど・・・)いえ、神奈川県の川崎です。」
「神奈川県のほうから?ずいぶん遠いね〜。」

その黄昏おじさんとしばらく談義した後、またバイクで当てもなく走り出した。 走っていると知らずうちに山道になっていて、車一台がやっと通れるくらいの幅になっていた。 しかも湿気が高くて暗くて、一言でいうと、「もののけ姫の木霊(こだま)が出てきそうな道」だった。 さらに言うと「怖さと神秘的なのを足して2で割った感じ」の道だったのだ。 そんな道が自分は大好きで、シェルパの真価を発揮する道なのだ。 そんな道を抜けると太陽が出ていて、とてもすがすがしい天気になっていた。 走っていると、とうとうガソリンがなくなってきた。 森を抜けた最初のスタンド(JOMO)で四国ツーリング初の給油をした。 ここのスタンドは家族経営のようで、奥さんが美人で、9歳くらいの娘さんがいた。 その娘さんが自分に挨拶をしてくれた。 「しっかりしたお嬢ちゃんだ。」と、感心してしまった。

シェルパを満腹にして、また走り出すと知らずうちに大歩危小歩危の道を走っていた。 恥ずかしながら「あれ?大歩危小歩危って名前だけは知っているなぁ・・・」という程度の認知度だったわけだが・・・。 この先の蕎麦屋で祖谷蕎麦なるものを食べた。なかなか関東では味わえない食感だった。 また四国へ行ったときには食べてみたい。

道路案内標識を見てみると高知まで85kmと書いてある。 「85km!?日没までに間に合わないじゃん!!走れ礼一郎!!」と自分を奮い立たせ、急いでホテルの帰路についた。 頑張って走ったおかげで日没までにホテルに着くことができた。 どうやら首都圏の交通状況が身にしみていて、渋滞にロスる時間を考えてしまっていたようだ。

夕食はホテルの近くに出ていた屋台でラーメンを食べた。 人生初の屋台での食事、他の人から見ればなんてことはないが、自分では超感動することだった。 ラーメンの味を覚えていないくらい・・・。

ホテルに戻り、テレビで映画を見て眠りについた。

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